大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和38年(ヨ)549号 決定 1965年10月27日

申請人 稲垣清昭

被申請人 東綱橋梁株式会社

主文

申請人が被申請人に対して雇傭契約上の権利を有することを仮りに定める。

被申請人は申請人に対し昭和三八年八月八日以降この決定が被申請人に送達の日まで一箇月金二三、二五六円の、右送達の日の翌日以降一箇月金二九、〇七〇円の各割合による金員を毎月末日限り支払え。

申請人のその余の申請を却下する。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

当事者間に争いない事実および双方提出の疎明資料により認定した事実関係ならびにこれに基づく判断は次のとおりである。

第一、被保全権利

一、本件雇傭関係および解雇通告。

被申請人は吊橋、索道の設計製作工事等を営む株式会社であり、申請人は昭和三一年一月以来被申請会社に雇傭され従業員として就業してきたところ、昭和三八年八月七日被申請会社より口頭で解雇の通告を受け、更に同月九日到達の内容証明郵便をもつてさらに同月七日付解雇を通告されたものである。

二、被申請会社主張の本件解雇事由。

本件解雇事由の要旨は申請人が、(1)秋田県雄勝郡皆瀬村羽場橋架設工事に工事長として従事中昭和三七年六月一日業務命令に違反し正当な理由なく帰宅して職場を放棄したこと、この事実は被申請会社就業規則第一一条第一項第九号に、(2)右の結果右橋梁公式立会検査に工事責任者として立ち会わず、注文者に対する被申請会社の信用を甚しく失墜させたこと、この事実は就業規則第一一条第一項第四号、第五条第二号に、(3)右工事の出張旅費精算の取扱いに関し従業員に被申請会社の処置が非情不当であるかのように宣伝して会社に対する不信感を醸成させたこと、(4)係長の地位にありながら従業員を煽動して職場配置転換に対する反対運動を盛りあげたこと、この事実は前記(3)の事実とともに就業規則第一一条第一項第四号、第五条第一号に、(5)被申請会社所有の自動車を無断で運転外出して故障させたこと、この事実は就業規則第一一条第一項第四号、第五条第三号に、(6)被申請会社工場内で昼休時未成年者を誘つて花札賭博「おいちよかぶ」に耽つたこと、この事実は就業規則第四八条第五号、第一一条第一項第九号に、(7)昭和三七年六月以降勤務成績が不良で、会社の業務運営に対し事ある毎に反抗し融和協調性が認められないこと、この事実は就業規則第四八条第七号、第一一条第一項第九号に該当するものとして本件解雇処分に付したものである。

三、本件解雇事由の当否について以下逐次検討を加える。

(一)  解雇事由(1)について

1 解雇基準該当事実の存否

被申請会社は昭和三六年八月申請外東綱商事株式会社が建設省東北地方建設局から受注した秋田県雄勝郡皆瀬村川向字深沢二一番地皆瀬川架設の皆瀬ダム水没村道羽場橋(吊橋)上部架設工事を請負い、申請人はその工事長を命ぜられた。右工事長は工事現場における工事責任者であつて、会社工事部の決定指示に基づきその範囲内において、現場での工事人夫の雇傭、現場作業の指揮、現場経理事務の掌握等を司る職務権限を有するものであつた。そこで申請人は被申請会社の命を受け昭和三七年三月一八日再開された右工事の工事長として右現場に出張して以来引続き現場にあつて右工事に従事してきたところ、同年五月三一日一応右工事を完成したので、後に翌六月四日に行うことを予定されていた建設省東北地方建設局の最終的な公式立会検査(竣工後引渡前に行われる竣工検査)を残していたが、申請人としては過去二箇月余も現場暮しを続け相当に疲労しており、また六月二日の自分の誕生日を家族と共に送りたい気持もあつて一日も早く一たん帰宅したいと望み、予ねて工事完成直前の公式立会検査の日取り打合わせ中から被申請会社に対し右工事完成とともに帰宅したい旨その承認を求めていたところ、これに対し被申請会社から同年五月二八日付電報で公式立会検査まで残るよう指示されていたのに、申請人は公式立会検査が前記予定日より更に遅延することを期待し、またこれまで右工事については建設省皆瀬ダム建設事務所所属の現場監督官の見分を経ていることでもあるから、この際帰宅しても業務に支障をきたすことはないものと考え、右指示に従わず同年六月一日夜現場を発ち、その途中被申請会社に宛て、どうしても帰りたいから帰宅する旨の電報を打つてその儘帰宅し、公式立会検査には立ち会わなかつたものである。

右事実からすれば、申請人は工事現場の責任者として被申請会社から公式立会検査まで留つて立会うよう指示されたのであるから、該検査がどのような内容性格のものであれ、申請人としては右指示により右検査まで現場に留つて、これに立会うことを義務付けられたのであつて、にも拘らずこれを無視して帰宅したことは業務命令に違反する職務放棄といわねばならない。申請人は正当理由のあることを主張するが、これを肯認するに足る資料はない。

2 解雇基準該当性の有無

被申請会社就業規則第一一条はいわゆる通常解雇をなす場合の基準を定めていて、懲戒解雇の規定でないことは懲戒解雇は別に第八章表彰及び懲戒の章下第四八、四九条に規定されていること、およびその規定の文言内容自体に徴して明らかであり、そして第一一条第一項第九号には一般解雇事由として「やむを得ない事由が生じたとき」と規定されている。

しかし第一一条が懲戒解雇の規定でないということから同条第一項第九号の「やむを得ない事由が生じたとき」との条項が申請人の主張するように従業員に有責の事由の存しない場合にのみ限定して適用さるべきものとする根拠なく、従業員に雇傭契約上の義務違反乃至経営秩序違反等非難すべき行為があつた場合をも含むものと解すべく、従つて申請人の前記職場放棄の事実についてもそれが従業員の非難に値する行為であるとの理由から前記条項の適用を否定することはできない。しかしながらこのような従業員側の非難すべき行為を理由として前記条項に基づき解雇する場合にその行為がやむを得ない事由に当るかどうかを判断するに当つては、懲戒規定である第四八、四九条が従業員の有責行為を列挙し、これに対する処置をその情状に応じて最も重い者を解雇、以下軽い者を順に出勤停止、減給、訓戒処分に付するよう規定して、情状の重いことを懲戒解雇の要件としている趣旨、そして解雇が労働者にとつて直接その生存を脅かすものであることを思い合わせると、仮令通常解雇にふされるものであるとしても、その基準は懲戒解雇のそれと大きな差異はないものというべく、その態様、情状に照らし悪質で社会通念上解雇に値する行為のあることを要するものと解される。

この観点に基づいて検討すると、申請人が前記業務上の指示に反して職場を離脱したことはそれ自体その情状決して軽視し得ないものであり、そして被申請会社においては従前橋梁工事の公式立会検査には会社の役員等幹部が会社を代表して立会うのが慣例であつて、本件羽場橋の該検査においても右慣行に従い本件工事部長補佐として申請人の上司である土本こと平山三郎が現場に赴いて右検査に立会つているにしても、直接工事に携つた現場の責任者の立会を得られなくては、右検査の過程において何かと不便不都合を来たすであろうことは容易に推認するに難くないところであるけれども、申請人が帰宅したのは前記の如き事情からであり、帰宅後は直ぐ現場に引き返して前記検査に立会う考えであつたところ、六月二日朝帰宅し、同日昼頃会社に出社して同代表取締役社長平山徹に対し、自分の都合で帰つてきた旨弁明するとともに、前記検査に間に合うよう直ぐ戻りたい旨申し入れたが、平山社長からその必要がないといわれ、更に会社から同旨の電報を受け取つたため現場に戻らず前記検査に立会わなかつたものであつて、職場放棄につき申請人に終始積極的な害意があつたものとは認め難いばかりか、被申請会社が申請人の前記職場復帰の申出を容れなかつたことは会社自らが申請人をして前記検査に是非共に立会わさねばならない程の必要性を感じていなかつたことを窺わせるものである。もつともこの点に関し被申請人は、本件工事には塗装部分その他に一部不完全な箇所があり、前記検査でもこれを指摘されたが、申請人の立会がないため弁明もできず、ために会社の信用は失墜され、少なくとも六〇万円程度の損害を蒙つたばかりでなく、以後東北地方建設局の注文を受け得なくなつた旨主張する。右主張は本件解雇事由(2)についてなされているものであるが、他面本件解雇事由(1)の情状にも関する事柄であるから便宜ここで判断を加えるに、右損害についてはこれを認め得ず、まして右注文を得られないことが申請人が職場を放棄して前記検査に立会わなかつたことに基因すると認むべき疎明は全くない。更に右工事に瑕疵があつて、それが補修を必要とする程のものであれば、当然会社は後日補修を加えた筈であるのに、これをしたと認むべき資料がないばかりか、若し右瑕疵が重大であつたのであれば、被申請会社としては右瑕疵自体に対する工事長としての申請人の責任を追究してこれを解雇の理由としたであろうのに、本件解雇において被申請会社は右瑕疵自体に対する申請人の責任を直接理由とせず、ただ申請人が職場を放棄して前記検査に立会わなかつた所為をもつて解雇事由としていることに徴すると、右瑕疵自体はこの種工事に通常伴い得る軽微なもので、会社自身これについての申請人の責任を重視していないことが窺われる。

そしてまたこれにより申請人が前記検査に立会わなかつたがため検査の過程で多少不便不都合な事態が生じたとしても、これについては申請人の前記申出を容れなかつた被申請会社自身にも多くの責任があるというべきである。さらにまた、若し被申請会社が申請人の職場放棄をも重視したとすれば、即刻申請人を正規の手続に従つて懲戒の処分に付するか、或いはその処分を後日に留保しその間申請人の言動を観察するため相当の猶予期間を設けたのであれば、申請人からその旨の始末書類をとるとかして責任追究の措置を書面上明確にしたであろうと考えられるのに、かかる措置に出た形跡のないことは、被申請会社自身が申請人の職場放棄をも左程重視しなかつたがためその責任追究にも熱意を欠いたものであろうと推認される。

そうすると申請人の職場放棄は違法ではあるけれども、その態様、情状に照らせば就業規則第一一条第一項第九号を適用して解雇するに値する行為とはいえない。

(二)  解雇事由(2)について

被申請会社就業規則第一一条第一項第四号、第五条第二号によると、従業員が会社の信用を傷つけ又は会社の不名誉となるような行為をしたことをもつて通常解雇事由として定められているが、その判断は一つに被申請会社の裁量に任されているものでなく、客観的にみて著しい信用毀損の行為があつたことを要するものと解すべきところ、申請人が被申請会社の業務上の指示に違反して職場を放棄し前記公式立会検査に立会わなかつたことは先に認定したとおりであるが、前記解雇事由(1)について述べたと同一の理由により、申請人の右所為が被申請会社の信用を著しく損つたものとは認め難く、またその情状に照らしても前記条項を適用して解雇するには値しない。

(三)  解雇事由(3)について

当事者双方提出の疎明資料を検討しても右該当の事実を認めるに足りない。

もつとも疎乙第一四号証中には、被申請会社取締役設計部長加賀育造において申請人が従業員間に右宣伝しているのを時々聞いた旨の記載部分があるけれども、同じく同部長の陳述書である疎乙第四六号証の五によると、右は同部長が直接見聞したものでないばかりか、会社課長との会食等の席上において二、三の課長から申請人が右宣伝しているもようであると伝え聞いたというに過ぎないことが明らかであるから、右事実を認める資料とはなし難く、その他右事実を認めるに足る疎明は全くない。

(四)  解雇事由(4)について

1 解雇基準該当事実の存否

被申請会社では昭和三八年六月当時橋梁関係の新規受注がなく、資材、倉庫、仕上加工、架設等の各部署には遊休人員が生じていたので、新たに橋梁受注があるまでの臨時措置としてシングルロツク(懸吊用具)、トヨロツク(玉掛用具)索端加工生産を重点的に進めることとし、このため一部の従業員の職場配置転換を計画実施する必要に迫られ、シングルロツク作業員として申請人外二名、トヨロツク作業員として申請外持丸淳一外二名を選び、同月八日開催の生産会議に右案を上程してその承認を得た。申請人は資材第二係長として右生産会議に出席し、その席上では会社案に強いて異議を述べなかつたが、右職場は油でよごれ従業員が嫌う職場であり、また同年の春季斗争において労働組合員として熱心に活動した者がいずれも配置転換の対象に選ばれていること等から、右配置転換に強く不満をもち、生産会議終了後申請人は他の出席係長とともに自室に戻つた際、居合わせた従業員に生産会議の結果を報告したところ、配置転換の対象となつた持丸淳一、安西正勝等もこれを聞いて強く不満、反対の態度を示したので、これらの者とともに反対する態度を確認し合つて工場長本田万蔵に対し右配置転換に不満の意を表明するとともに、右配置転換は春斗に対する会社の報復措置であるから労組に反対して貰うと抗議し、他方その後労組に対しても右配置転換の問題を取り上げるよう申し入れた。然し労組においては右問題を取り上げるまでに行かず、また申請人等においても右配置転換の命令に従い業務上には何ら支障を来たさなかつた。

2 解雇基準該当性の有無

被申請会社就業規則第一一条第一項第四号は通常解雇事由として「第五条の規定に違反し解職処分に付せられた場合」と規定し、同第五条第一号には、従業員は常に健康に注意し一致団結協力して能率をあげることに留意しなければならない、と定められている。

然し職場配置転換は労働条件の内容に属し労働者の利害に直接関係する事柄であつて、その決定権限は使用者にあるとはいえ、それであるからこそ労働者においてその立場から賛否の意思を表明するのは当然認められるべき権利である。被申請人が申請人のかかる態度を捉えて煽動となすのは畢竟申請人に対する使用者的反感により意識的に歪曲して評価するからに外ならぬばかりでなく、申請人は前記認定のように配置転換に不満をもち反対の意思を表明してはいるが、右命令を拒否してこれに従わなかつたわけではないから、申請人のかかる所為は前記条項に該当しない。

(五)  解雇事由(5)について

1 解雇基準該当事実の存否

申請人は昭和三八年六月一八日午後一時頃被申請会社所有の小型三輪自動車(ミゼツト)を運転して外出し、その途中付近の東芝堀川町工場裏門付近においてガソリンがきれたため走行不能となり、そこで申請人は直ぐ帰社して会社車輛係運転手高橋敏明に依頼して右自動車を牽引させて帰つた。申請人は右の際予め所轄の総務部車輛係長に対し所定自動車使用申込書を提出してその承認を得或いは所定外出証明書に所属部課長の許可を得てこれを守衛所に提出する所定の手続を履践していないけれども、申請人が右自動車を運転外出するに至つたのは、同日午前中上司の加賀工務課長の命により且つ正規手続に従い自動車使用の許可を得てシングルロツク係員青山弘昭と共に右自動車を使用して振動実験機に使う砂の構内運搬に従事していたところ、同日午後右青山は加賀課長から右実験機に使う砂を至急他所から購入してくるよう指示されたが、同人には自動車の運転免許がないためその資格のある申請人に右作業を依頼し、また加賀課長も申請人にその旨指示したので、申請人はその砂を買い入れるため前記のように自動車を運転して外出したものであつた。

2 解雇基準該当性の有無

被申請会社就業規則第五条第三号は、従業員は会社の承認を受けた場合の外社外の他の業務に従事し或は会社の資材器具その他の物件を社外に持ち出してはならない、と定め同第一一条第一項第四号は右条項違反の行為を通常解雇事由として規定している。

然し申請人の本件自動車の運転外出は前記のとおり業務上の指示に基づくものであるから、仮令これについて所定の自動車使用、外出許可を得る形式的手続を践んでいなくとも、これがため前記条項に違反する行為といえないことは明らかである。被申請人は申請人には昭和三七年六月中旬頃速度違反を犯して罰金刑に処せられた前科があり、これがため同年一二月会社総務部長平山証から爾後の自動車運転を禁止する旨口頭で申し渡されている旨主張し、疎乙二二号証中には右主張に副う記載部分があり、そして右運転禁止の申渡しが仮りに業務に関する指示命令として拘束力をもつものであつたとしても、本件はそれから約六箇月を経過した後のことでもあり、本件当日の午前中には申請人は正規の手続を践んで仮令会社構内使用のためではあつたが本件自動車の使用許可を得ており、更に本件自動車の運転外出を指示されたこと自体に徴しても、前記禁止命令は既にその効力を失つていたものというべきであるから、前記判断に消長を及ぼさない。

(六)  解雇事由(6)について

1 解雇基準該当事実の存否

被申請会社従業員の間においてはマージヤンや俗にオイチヨカブと称して一口現金一〇円乃至二〇円程度の金銭を賭ける花札賭博等が流行していて、会社でも信用体面保持、職場風紀維持の必要からこれに注意を与えてきたがその効もなく、特に正午から午後一時までの休憩時間中にこれを行うものが多く、申請人も前記羽場橋工事から帰つた後は他の従業員(なかに未成年者をも含む)と誘い合つて右休憩時間中に会社工場付設の宿泊室等でこれに耽けり、時には課長級以上の者も加つた。然し申請人は昭和三八年四月以後は、当時春季斗争中のことで労組書記長という地位にあつたことから他の労組員の忠告を受けてこれをやめた。

2 解雇基準該当性の有無

被申請会社就業規則第四八条は懲戒事由を定めていて、その第五号には「素行不良で会社の秩序及び風紀を紊し、又は紊そうとした者」と規定されている。

そして申請人の前記所為は一応右条項にいう会社の風紀を紊す行為に該当するといえるが、然しその動機は娯楽の目的で、賭したものは少額の金銭たるに止まり、その時刻も拘束時間中ではあつても昼の休憩時間中のことであるから、その程度は比較的軽微であり、而も昭和三八年四月以降はこれをやめており、またこれまで一度も賭博に関して処分を受けたことがないのであるから、以上の諸事情を綜合すると、ここに一挙に解雇処分をもつて臨むのは重きに失するものといわねばならない。

(七)  解雇事由(7)について

1 勤務成績が不良であるとの点については、右事実を認めるに足りない。

被申請会社作成の昭和三七、八年度各人事考課表、昭和三七年度歳末賞与考課表では、申請人の勤務成績は昭和三七年六月までは普通と評価されているが、その後は他の係長と比較し著しく低く評価されている。然し右評価は会社部課長の評議に基づく綜合判断の結果であつて、この種評価方法の通例として評価する者の主観、恣意が混じるのは到底避け難く、第三者からはどのような具体的資料に基づいた評価であるのか全く窺い知れないところであるから、その真実性に疑をはさむ余地がなくはなく、加えて被申請会社における労働組合の活動が活溌となり申請人がその中心となつて熱心に右活動に従事し始めた時期から申請人の勤務成績が急に低く評価され始つていることを併せ考えると、右評価をそのまま申請人の勤務成績として信用するには躊躇せざるを得ないものがある。もつとも会社側の疎明中には、申請人が作業の能力、熱意に欠け、業務に支障を生じた旨の具体的事実を二、三指摘した表現があるけれども、これをもつてしても申請人の勤務成績が他に比して著しく劣つているとは断じ難く、別の疎明によれば申請人は仕事熱心で作業処理も機敏であつて他に遅れをとつたり迷惑をかけたりして業務上支障をきたしたことのないことが認められる。その他申請人の勤務成績が不良であると認むべき疎明はない。

2 会社に対する非協力、反抗の点についてはこれを認めるに足りない。

被申請会社の主張する申請人の反抗的、非協力的言動とは後記の遅刻、執務時間内の組合活動の点を除いては、いずれも労組書記長としての申請人の組合活動及びこれに関連した発言を捉えているものであつて、かかる組合活動に関する言動をもつて会社に対する反抗、非協力と評価することは到底できない。

次に遅刻の点については、申請人は昭和三八年五月二一日から同二四日までの四日間一日三時間乃至四時間位遅刻して出社しているが、右は申請人の三男統一の出生直前であつて、その出産準備や世話のためやむなく遅刻したものであつて、その旨の届出もしており、これをもつて会社に対する反抗的、非協力的言動と目することは到底できない。更に執務時間内の組合活動の点については、疎乙第三号証中には右事実に副う記載部分があるが、右は同号証の記載内容自体からして容易く措信し難いのみならず、右記載によると、申請人は前記遅刻した日の執務時間内に組合文書を作成したというに過ぎないのであるから、これをもつて解雇に価する程の会社に対する反抗的非協力的所為と評することは到底できない。

四、以上被申請会社の挙げる解雇事由が個別的にみていずれも解雇事由として評価さるべきでないことは叙上のとおりである。もつとも前記三の(1)(2)にかかる職場離脱および(6)の賭博の所為に違法性を認められないではないが、更にそれらを綜合して考えても、従業員にとつて直接その生存を脅かされる最も過酷な処分である解雇に値するものとは到底認められない。

五、そうすると被申請会社の主張する本件解雇は結局理由なきに帰し、解雇権の濫用として無効であり、申請人は依然雇傭契約上の地位を有し、引続き労務を提供しているのにその受領を拒まれていると認められる。

第二、保全の必要性

申請人は専ら被申請会社から受ける賃金により生計を維持してきた労働者であつて、本件解雇処分に付される以前の三箇月間、一箇月平均金二九、〇七〇円の賃金を支給されていたものであるところ、解雇処分後はこれを受領することができないから、他に特別の事情のない本件においては、地位保全、賃金支払請求の仮処分をいますぐに得なければ、回復することのできない損害を被るものと認めない訳にはいかない。ただ申請人は、昭和三八年一〇月頃から建築請負業を営む義兄斉藤秀男方に雇われ、自動車運転や雑役の仕事に従事してきており、右は単に被申請会社に復職するまでの間一時凌ぎのため臨時に雇われているに過ぎず、その収入も必らずしも固定したものでなく、その金額は一箇月平均約金一五、〇〇〇円程度を出でず、加えて昭和三九年七月以降三箇月間は右収入も得ていない状況にあるが、右収入が単なる副業的な収入とは異なり、本件解雇によつて被申請会社に対する労務の給付を免れたために、申請人において取得することのできた利益であることが明らかであつて、民法第五三六条第二項但書にいう、自己の債務を免れたことにより得た利益に当るものといわなければならない。そうすると本件においてかかる利益は、右規定に基づき、被申請会社の請求があれば償還さるべきものであるところ、他方労働基準法第二六条が、使用者の責に帰すべき事由による休業の場合について少なくも平均賃金の六割に相当する手当の支払を使用者に命じ、右違反に対しては罰則をもつて臨んでいる趣旨を考慮し、そして前記収入の程度その他本件疎明に現われた一切の事情を斟酌すると、本件決定が被申請人に送達の日までは平均賃金の八割に相当する月額金二三、二五六円を、右送達の日の翌日からは平均賃金に相当する月額金二九、〇七〇円の割合の限度において、その支払を求める必要性がある。

第三、結論

よつて申請人の本件仮処分申請は、従業員たる地位保全、および賃金支払請求部分については前記金員の支払を求める限度において、理由があるから保証を立てさせないでこれを認容し、その余の部分はこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 森文治 田辺康次 門田多喜子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例